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zoom RSS 幸せになるために

<<   作成日時 : 2017/07/30 21:03   >>

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 地域医療学実習で、大学病院を離れ、市中のクリニックや中山間地にあるへき地医療機関に訪れた5年生たちの報告を聞く。


 「医療機器の不足している地域でどのような医療が求めらるかを学習目標にしました。」


 うーん・・そうか、そう考えたか。

 大学病院での実習も3か月になると、大学病院の医療が標準になっているのかも?

 MRIが無い地域や医療機関は「医療機器の不足している」ことになってしまうのかな?



 
 「循環器内科の専門の先生が不明熱の患者さんを診ていました。」

 大学病院では確かに循環器内科の先生は循環器内科の患者さんを診るけど。


 
 「市中の小児科だと感染性性胃腸炎、手足口病ばかりで、診る疾患が限られていました。」

 なんか、大学病院だとバラエティに富む疾患を診て、市中は偏っているみたいな意見だけど、本当はその地域の一般の有病率を表しているのだと思うけどな。大学病院は、頻度の高い疾患は来なくて、稀な疾患が紹介されてくるから色々なのであって、それを偏っているというのではないか?

 

 最後のまとめとして、お話。説教っぽくなるのは、私の悪い癖。

 
  

 3年生の授業でも大学病院は4番バッター、地域の病院は1番バッターとか2番バッターって喩えたけど、憶えているかな?

 この2週間の実習で、4番バッターと1番バッターの違いを理解してくれたのだろうと思う。

 でも、ちょっと考えて欲しい。

 全体がチームであることを理解できているかな?


 <医療設備が不足している地域でどんな医療を求められるか?> ではなく、

 <この地域でどのような医療が求められているのか?>が先で、<こんな医療が必要だから、これくらいの医療設備が必要なんだ>と理解して欲しい。


 自戒を込めて言うが、自分中心に考えないで欲しい。

 「ここの病院は専門外を診なくてはいけない」とか、「ここの診療所はMRIがないので大変だ」とかは、自分を中心に考えた結果かもしれない。将来、医師になったときに、そのような考えが浮かんだときは、胸に手を当てて「自分中心の考えになっていないか?」と問うて欲しい。

 「ここの病院は専門外を診なくてはいけない」は、「おれは4番バッターなのに送りバントをしろなんて・・」と言っているようなものじゃないかな?

 「俺は4番の仕事がしたい」ではなく、チームが勝つため(つまり患者さんが幸せであるため)に、今、自分がどんな役割を果たすべきか?と考えて欲しいなあ。

 例えば「もう治療が効かないので、緩和ケア病棟に行きますか?」と言われ、傷ついた患者さんの話を聞いてきた学生がいましたね。「治療効果が無いのは受け入れられるが、厄介払いされるようにされたのは受入れられない」と患者さんが言っていたんだよね。「間違ったことは言っていないけど言い方に気をつけないと」と思ったようだったけど、そうかな? この患者さんは、「あなたの人生にとって最も良い選択は・・」ではなく、「もう自分のやるべき仕事ではないから・・」と言われたように受け止めたんだよね。つまり、患者さんが主語ではなく、医者が主語だったんじゃないかな?


 福祉保健所の先生に、『忘己利他』という言葉を聞いたでしょ? 

 利他性というのは、医療の基本だよね。間接的互恵性(Indirect Reciprocity)と言いますが、わかりやすく言えば「情けは人のためならず」ということ。

 君たちが幸せになるためには、自分を幸せにすることに一生懸命になるのではなく、自分のことを忘れて誰かを幸せにするために一生懸命になることだと、私は思う。




 口やかましい年寄りです



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